女画家 煌の世界

女画家煌とは?

カナダで生まれる

 

こんにちは!煌(コウ)です。
(。・∀・)ノ゛

カナダのオンタリオ州トロント市という所で
生を受けました。

カナダ

 

両親は日本人で大学院生でしたので
私は保育園で育てられたような物です。

生まれた時にお祝いで貰った
クマのぬいぐるみを未だに大切にしています。

 

気持ち悪っ!!
(-ε-;)

と思うかもしれないけどお守りみたいな物です。
棺桶まで持っていきます(笑)

 

カナダでのプチエピソードはこちら

 

3歳にハワイを経由して日本の大阪へ

 

ハワイのワイキキビーチを経由して
大阪に来たのが3歳の頃です。

 

日本では母方の祖父の家で住む事になりますが
両親が不仲で劣悪な環境でした。
Σ(゚ロ゚ノ)ノ

 

両親の不仲の当たり所は私へと向けられ
虐待される事もありました。

 

できるだけ両親と関わりたくなかった。

 

というより

 

私は地球人ではないのでは?
本当の親がいつか迎えに来てくれるのでは?

 

と淡い期待を描く4歳児でした。
(-Д-\)=3

 

心が弱っていたのでしょう。
4歳の時には飛び降り自殺を考えました。
(-“-;)

 

 

そのころ見えてはいけない物や
聞こえてはいけない声が
聞こえるようになりますが

そのお話はまたどこかで…

幽霊

 

 

昼間は両親が仕事でいなかったので
祖父が面倒を見てくれました。

祖母は私が生まれる前に他界して
いたので会った事はありません。

 

 

祖父は怒った事のない穏やかな人で
山伏でもあったし釣り好きでした。

 

 

若い頃は料理人だったので家庭料理に
フグの刺身や鯛の活け造りが出てきました。

それが当たり前だと思っていましたが
大人になってから高級料理だと知りました。
(゚Д゚*)ノ

 

 

祖父は皆に好かれる人で
お盆や正月には親戚が集まります。

その時は楽しい日を過ごせました。

 

人生の暗黒時代

 

私が8歳の時

 

両親が祖父と曾祖母を騙し
祖父の家の権利を奪います。

 

祖父は自分の家であったのに
追い出されてしまいます。

 

 

その日から私と祖父は
別居せざるをえなくなります。
(つД`;)

 

悲しい日々

 

唯一の心のよりどころであった
祖父との生活を奪われてまもなく
慣れ親しんだ家は取り壊されます。

 

そして
冷たいコンクリートの家が建てられました。

 

両親ともが一級建築士で当時はバブリーな時代
だった事もあり相当儲けていたのでしょう。

 

家はRC造の4階建てで
父の趣味のベンツ・BMW・GTRなど高級車が5台以上の並ぶ家でした。

 

母は宝石が好きでダイヤモンドやサファイヤなど
キラキラと身に着けていました。

 

けれど、私が唯一したかった歯科矯正治療代
50万円は出してくれませんでした。
( ゚ 3゚)ノケチかッ!

 

小学生の頃は友達と遊べなくなくなる
夕方5時頃になると憂鬱でした。

 

食事の時間が一番の苦痛で
それを過ぎたら自分の部屋に閉じこもります。

暗黒

 

それでも、突然始まる壮絶な
夫婦喧嘩に恐怖していました。

 

夫婦喧嘩といういうよりは
父の一方的なDVですね。
σ( ̄^ ̄;)

早く大人になって
 

”家出したい”

 

と思っていましたが
大人になるまでの年月が長すぎて
8歳にして人生に嫌気がさしていました。
(´△;)

 

何の希望も興味もないまま
ただ生きてるだけの人生。

 

絵画との出会い

 

そんな11歳の私に転機が訪れます。
(^▽^)v

 

当時は本屋さんの本には
ビニールなど被されていなかったので
自由に本の中身を見る事ができました。

 

私は本屋さんが大好きだったので
何時間も本屋で過ごしました。

 

いつも見るのは漫画でしたが
この日は美術書に目が留まりました。

その中でも光の帝国という作品に感銘を受けました。
マグリットの光の帝国

 

René François Ghislain Magritte

ベルギーのシュールレアリズム油絵画家
ルネ・マグリットの作品です。

暗闇の世界もいつかは明るい未来になる

そう思えました。

なんだか救われた気持ちになったのです。

 

そして私も人を感動させる事の出来る
画家になりたいと思うようになります。

 

美術科の公立高校を目指す

 

私はますますマグリットにハマります。

ピレネーの城

上の絵はルネ・マグリットの
”ピレネーの城”という作品です。

左が本物
右は中学校の授業で描いた模写です。

 

不透明水彩絵具を使って
1時間で仕上げるという授業でした。

 

”もっと上手くなりたい”

 

そう思った私は

 

デッサンや油絵などの専門知識を学ぶ為
美術科の公立高校を目指す事にしました。

 

”絵なんて貧乏人のする事や
そんな高校行くぐらいやったら
死んだ方がましちゃうか?”

 

 

とバカにする親を後目に
それでも他にやりたい事がい私は
担任の先生に協力してもらい
受験できることになります。

 

正直、勉強は苦手で美術科なら絵さえ
描いてればいいのでは?と思っていました。

 

しかし、実際は、逆でした。
(°°;)
 

 

大阪には美術科のある公立高校が
2校のみで定員は1校で40名しかない。

 

けれど美術科へ入学したいと
考える人が多いので倍率も高いのです。
(・ω・ノ)ノ

 

中学校評価では10段階中の最低7が必要
私は4程度の低レベルだったので
そこそこ勉強しないといけませんでした。

 

 

ちなみに中学校3年間お弁当指定校
だったのですが作ってくれる訳もなく
毎日300円を支給されていました。

 

貧乏な訳でもないのに
パンとジュース1個ずつ買ったら終わり
( ゚ 3゚)ノやっぱりケチかッ!

 

美術科の高校へ入学

睡眠時間は1日平均3時間で
アルバイトに励みました。

 

おこづかいもないし
学校の体操着や筆記用具は勿論
画材道具や昼食代も自分で購入
しなければいけなかったからです。

 

そのおかげで大学生の友人も出来て
遊びも色々学びましたし
視野が広がったと思います。
(*´ω`)

 

高校3年生で車の免許も取得しました。
高校生活は順風満帆かと思われましたが…

 

人生は山あり谷あり

 

父親の不倫発覚から両親の不仲は
より一層深刻になります。

 

母親が内臓破裂・頭蓋骨陥没など
壁は血塗りの跡がベッタリというホラー。

ホラー

 

芸術大学に行きたかったのですが
母親が家出したり出戻っては喧嘩の
ホラーの繰り返しで進学どころではなく。

 

母親が出た時は
私の命が危険に曝される事もありました。

 

 

しかも両親の収入が高すぎて
自分で奨学金の申請が出来ない。

 

さらに高校生のアルバイトの貯蓄で
払えるような学費ではありませんでした。

 

家出して同棲

 

もう卒業まで待てない。
どうせ進学も出来ないんだから
これ以上あのデンジャラスゾーンに
いる理由はないと意を決して
高校3年生の秋から家出。

当時付き合っていた彼と同棲をはじめます。

 

家出してからの私は、
アルバイトをしながら高校を卒業。

 

やっと卒業したし家も出たし
これからは自由だぁー!!
└(´∀`)┘

 

好きな仕事をするぞ~!
と思っていましたが…

 

絵を描く仕事が見つからない

 

絵で生活する方法がわからなかった。
(´・ω・`)

 

とりあえず
アルバイトを掛け持ちして生計をたてます。

 

そのアルバイト先で知り合ったのが
旦那さんです。
キラ+.(・∀・)゚+.゚キラ

 

 

一目惚れした私は同棲中の彼氏とさっさと
別れて一人暮らしをはじめちゃいます(笑)

 

 

けれど
一人暮らしは思ったより過酷でよく金欠に…
(´・ω・`)

 

削れるのは食費だけだったのでピザポテト
を粉々に砕き1袋を1週間サイクルでご飯に
ふりかけて食べていました。

 

ピザポテト

 

 

これは、かなり美味しいので
金欠の方にはオススメです。
( ´∀`)

 

結婚し子宝を授かる

 

20歳になり、でき婚…いや授かり婚をし
二人の子宝に恵まれます。
((☆´∇)从(∇`★))

 

 

旦那さんはとても易しくて
念願の仲良し家族です。
(*´▽
)ノ

 

 

旦那さんのススメで子供の為に
両親とも仲直り?する事にしました。

後に大変な事になるとは知らずに…
(゚Д゚*)ノ

 

アルバイトをしながら副業で挿絵作家もして
いましたがほとんどお金にはならずでした。

 

営業の方に

日本はアナログでは仕事にならない

 

と言われパソコンを購入し
独学で勉強を始めます。
q(^-^q)

 

事務員になりWordやExcelをマスターしつつ
会社の金銭の成り立ちを勉強。

 

独学でAdobe社のイラストレーターや
フォトショップの扱い方を覚えます。

 

もっともっと実力をつける為に印刷会社
で広告デザイナーとして経験を積みます。

パソコンの勉強

 

 

ついにはフリーランスで
イラストレーター&商業デザイナーとして
個人事業を立ち上げ某有名企業の広告等の
お仕事もさせていただくようになりました。
( ´∀`)

 

企業様は守秘義務があり詳しく語れませんが…

 

皆さんが絶対に食べた事のある
ファーストフード店のノベルティ

ヨーロッパにも進出している自転車業界の
頂点といえる会社のマニュアル制作。

お腹が痛い時には頼りたくなるお薬を出して
おられる製薬会社のノベルティなど…

 

また公的な淀川河川敷のキャラクター
の二次的著作物

“よどちゃん”のイラスト

これは既存キャラクターの
バリエーションになります。

 

淀川河川敷公園のよどちゃん

 

 

このまま順調かと思われましたが、

ある日、突然、私の貯金は

サシオサエされます。
エーッッ!!Σ(゚ロ゚ノ)ノ

私自身は、ちゃんと支払いをしていたのに
どうして???
(/TДT)/

私が知った時には6000万円近い借金を
背負うハメになっていました。

 

実の親に詐欺にあっていた

 

自分達が年齢制限でお金を借りれなくなったから
私の名義を利用して借金をしていたのです。

 

家・土地・高級車などを購入
現金も借金し放題・固定資産税も未払い
どんどん膨らんだ借金を放置。
(+◇+、)

 

その多額の借金をどうするのか?

と話し合いを持とうとしたら
こう言われました。

 

”帰れ!あとは知らん”

 

それでも親かぁ~???
この詐欺師~!
(`曲´)キーッ!

やはり仲直りなどしなければ良かったと後悔
もう二度と関わらない事を心に決めました。

 

 

私は事業資金が底をつき
廃業せざるを得なくなります。

 

家族に迷惑もかかるので

自己破産しました。

もう私は事業展開など出来なくなりました。
今まで培ってきた物を全てなくしたのです。

破産

 

大人になってまで私を苦しめる両親

 

心が耐えかねてメニメール病・自律神経失調症
パニック障害を患い生きる屍となります。

 

それでも温かく見守ってくれる旦那さんと
元気付けてくれる子供達と学生時代の友人達
 
私は沢山の宝物に囲まれている事に気付きます。

今が人生の最悪なら明日からは上がるしかない

人生のどん底に落ちた時にある出会いが
きっかけでチャンスに変える事ができました。

 

それなりに新しい努力は必要になりますが
画家として生きる事にします。

その出会いの話もいつかブログの中でしますね。
( ^-^)/

 

捨てる神あれば拾う神ありで助けられた人生

 

ならば
私も他の人を幸せにしたいと思いました。
(´∀`)

 

ここでは
広告デザイナーやイラストレーターとして活躍
したい人クリエーターとして生活したい人の為
に私の培ってきた技術や知識を放出しようと
思っていますのでよろしくお願い致します。
(。・∀・)ノ

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